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みんなありのままの姿で生きていいんだよ。

ありがとうを伝えることの大切さ。

お盆ですね。今年は私の祖父の初盆で、たくさんお客様が我が家に来られています。 私の祖父は、昨年8月に89歳で亡くなりました。 今日は、祖父(以下おじいちゃん)との思い出を振り返りながら、"感謝すること"について考えていきたいと思います。


私のおじいちゃん

おじいちゃんは、若い頃に戦争を体験し、特攻隊予備生として田舎から京都まで出たそうですが、耳が悪かったので田舎に帰されたそうです。その時田舎に帰されなかったら、私もこの世にいなかったでしょう。
戦後、おじいちゃんは、自分の父親が酒を飲んで仕事もせず、母親がせっせと畑仕事をして収穫した野菜を売りに歩き得た収入でなんとか食べて生きていた我が家をなんとかせねばと、決まっていた就職先を断り、家で農業をすることにしたそうです。
その後おばあちゃんと結婚し、私の母と叔母が生まれ、家を建て替えました。家のローンの返済を10年で行い、全て農業収入で返済したそうです。よく働く人だったようです。その後、母と私の父が結婚し、父はサラリーマンだったので収入面は安定したようですが、おじいちゃんは、私の記憶では、86歳くらいまで農業を続けていました。


おじいちゃんの最期を迎える前の一年間

おじいちゃんは、亡くなる前の一年間は家で寝込む生活をしていました。 だんだん足腰が弱くなり、トイレで転んで立てなくなることも多々ありました。耳が遠く、介護をする私の母とのコミュニケーションもうまくいかなくて、いつもイライラしていたように思います。
仕事一筋で生きてきた人な上に、耳が遠いので、デイサービスなどに行くことも嫌がりました。とにかく、家で寝る生活で、楽しみも特になかったように思います。

そんなおじいちゃんが発した「ありがとう。」

私は、介護とまでは言えませんが、おじいちゃんが長くないことを感じていたので、それまでの感謝を表現したいと、足を洗ってあげたり、爪を切ってあげたり、おじいちゃんの使うトイレを掃除したりしました。
そんな時、おじいちゃんは必ず私に伝えてくれました。

「ありがとう。」

私は、決してこの言葉を聞きたくておじいちゃんのお世話をしていたわけではありませんが、おじいちゃんが自分から発してくれる感謝の言葉に、心を打たれました。


「ありがとう。」それは心をハッピーにする不思議な言葉。

少し話はそれますが、私は、息子が生まれてから、「感謝する気持ち」を大切にして欲しいと思い、お礼の気持ちを表すことを息子の前で行ってきました。息子がまだ赤ちゃんで、喋れないときでも、人に自分にとって良いことをしてもらったら「ありがとう。」と伝える姿を息子に見せてきました。例えば、父に「そこのティッシュ取ってー。」と言い、取ってもらう、そんな些細なことにも「ありがとう。」とちゃんと感謝することにしていました。
息子は今小学校2年生で、何をするにもふざけて照れてしまう年齢ですが、それでも、私がなにかしてあげると、「ありがと〜。」と言ってきます。それだけで心が温かくなります


まとめ

人に喜ばれると温かい気持ちになりますよね。 それは逆でも言えることで、自分から発信する感謝は他人をハッピーにすることができるんです。「ありがとう。」と些細なことでも感謝することによって、他人の心に小さなハッピーの種が生まれます。その種が大きくなって大きくなって…周りの人たちは幸せな気持ちになれるのではないでしょうか。
自分が穏やかで温かい気持ちでいると、周りにはそれに似た人たちが寄ってくると経験上思っています。私は滅多に怒りませんし、どちらかというとほんわかしたタイプ(と仕事先の社長に言われました)らしいですが、よくよく考えてみると、柔らかで穏やかなタイプの友達に囲まれて育ってきたな、と思い出しました。
「ありがとう。」を安売りしろという意味ではないです。嬉しいな、と思った時に、その気持ちを素直に伝えることが大切で、その結果ハッピーな気分の人が増えると、自分も嬉しくなれると言いたいのです。
今回、おじいちゃんの初盆ということで、おじいちゃんにまつわる感謝の話をしましたが、皆さんも、日々感謝の気持ちを忘れずに、毎日過ごしましょうね。